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パラリンピックの開会を迎えて

パラリンピックの競技日程を見ようとGoogle検索したら、画面にちょっとした仕掛け(ギミック)が仕込まれていて、少し驚いたきたぐにです。

現在のオリンピックは古代オリンピックをまねてフランスのクーベルタン男爵によって提唱されたことはよく知られていると思いますが、パラリンピックはどうやって始まったのだろう?と思いついて、調べてみました。

ルートヴィッヒ・グットマンというユダヤ系のドイツ人神経外科医師(後にナチスの迫害によりイギリスに亡命)がリハビリ治療の一環としてスポーツを取り入れたのがやがて病院間の競技大会となり国際競技大会となって、1960年にはパラリンピックの名が冠された初めての大会が開催されました。その次の東京パラリンピックは日本社会にも大きな影響を与えました。それまでは障がい者は日陰で目につかないように暮らさなければならなかったのですが、この大会を契機として社会インフラの整備に障がい者サポートが意識されるようなり、障がい者自身が社会に出ていく流れの源流となりました。

実際子供のころと比べると、街なかで障がい者を見かけることも多くなりましたし、社会のサポートも手厚くなりました。

文明の発展に伴って健康な体のものでも生存するのに汲々としていた時代から、体に少々の不自由があっても十分な生活を送れるようになってきているのです。災害や病気などに左右される不安定な暮らしをできるだけ安定したものにしようという個々人の営々とした努力の積み重ねがそれだけの余裕を生んだわけです。

それらの余裕が障がい者や社会的弱者と呼ばれる人達へのサポートに振り向けられているわけですが、それを不公平と感じる人もいないわけではありません。「生産性」が低い人々のサポートにお金を使うよりは高い層にお金をつぎ込んだほうがリターンが見込めるといった主張です。確かにそういった主張には「一理」あり、「効率的」な社会を実現できるでしょう。

しかしそういった社会は「生産性の高い」人間しか生きることの許されない社会への一本道ではないかと思います。誰しも年を取りますし、事故・病気によって働けなくなり・「生産性が落ちる」ことにならないとは絶対に言い切ることはできないのです。そうなったときに従容として何の助けも受けないのでしょうか。私の印象としてはそのような主張をする人は自分がその立場に陥ることは想定していないことが多いように感じます。

社会が進んでいく方向は多くの人々の望む方向の総和によって決まり、現在のところ「生産性」の高い人々のみをサポートするのではなく、あらゆる人々をサポートする方向に向かっています。この方向がさらに進展することによって時が進むにつれて不安が減っていくことになるでしょう。

パラリンピックの開会式をみながらそんなことを考えていました。

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